お侍様 小劇場

    “甘い甘いホワイトデー♪(お侍 番外編 14)
 


実はお菓子会社の販売戦略、
“バレンタイン・デーにはチョコレートを添えての告白を”が定着すると、
その次は…ということか。
いかにも“柳の下に二匹目のドジョウを狙って”の商戦ぽく広まったのが、
男性からのお返事の日、ホワイト・デーという日であったりし。
母の日と父の日は、ちゃんと由来もあっての世界的な催事だけれど、
ホワイト・デーは世界的にバレンタインデーと一対…という訳じゃあないので、
どうか誤解のないように。

そうはいっても、
バレンタイン・デーにチョコを上げてもいいという程度には、
好もしいなと思っているお人から。
お返しってのも味気ないかもしれないけれどと、
ちょっぴり渋いめの苦笑混じり、
かわいらしいキャンデーか何かを“どうぞ”と進呈とかされたなら。
奥様が選んだに違いないって判っちゃいても、
うわぁ嬉しいと、ついついお顔もほころぶというもので。

 「ですので、チーフ筆頭の○○さんに渡して下さいませ。」

皆でお茶の時間にでも食べてくれと仰せになれば、
それだけで通じるお人たちでしょうからと。
島田さんチの良くできたおっ母様、
キッチンとダイニングの仕切りを兼ねたカウンターの上へ、
麻布の超有名パティスリィのロゴが入った、
少し大きめな紙ぶくろをそっと置く。
小分けになったプチケーキ。
味は勿論のこと、多少揺れたくらいでは型崩れもしなかろうと、
そこまでを考慮しての選んだ逸品であり。
出来るだけ新鮮な方が良かろうと、
ちょっぴり無理を言って、受け取りに行きますからと予約をし、
今朝一番にわざわざお店まで足を運んで来たほどの気の遣いよう。
お茶の時間に主任さんへお金だけ渡して
“課の皆へ買って来てやって”という形の振る舞いをする方もおいでだそうで。
そっちの方が効率的にはお薦めなのかもしれないが、
何だかちょっとつれないかも。
それでなくとも…社名を背負う幹部を補佐する
有能な女性ばかりがたんといる職場。
自信から滲む凛然とした威容と、臨機応変の利く柔軟さという、
対極の資質を常に求められており。
そんな企業戦士でもあるレイディたちの、
緊張感を癒したり、明日への活力の糧として、
ちょっぴり渋くてダンディな
島田室長の存在が不可欠だと思っていただくためならと、
労苦は惜しまぬ七郎次さんであるらしい。
そしてそして、

 「毎年済まぬな。」

そんな気遣いを鈍感さから無にするほど無神経ではない御主。
広げてらした新聞から視線を上げると、
青玻璃の瞳を細めてにっこり微笑う連れ合いの、
役者のような美々しい細おもてへ向け、
こちらからもやんわりと破顔して見せて差し上げる。

 “趣味のいい奥様ですねと、言われるのも悪くはないしの。”

そう。
実は、この毎年の心遣いのせいで、
部下にあたる秘書課の皆様から、
長年に渡ってそんな誤解をされておいでの勘兵衛様であり。
しかも、当事者の勘兵衛様、訂正する気は毛頭ないからこそ、

  ―― そんな瑣末なことへ気を回さずともよい

などという、
妻の気遣いへ冷や水ぶっかけるような、無粋な発言に至らないのであるらしく。
こういうのもまた、
所謂“ヒョウタンから駒”というものなのだろかしら。
(苦笑)

 「さあさ、そろそろお支度をなさいませ。」

キッチンのお片付けとお洗濯とを、並行して手掛けてらしたおっ母様。
湯殿前の洗濯機を覗いて来、
脱水終了までにはまだちょっとかかりそうなと確認して来てから。
涼しい金属音さえして来そうなほどに、
さらさらとすべらかな金の髪を束ねたうなじへ両の手を上げ、
お勝手仕事のユニフォーム、
浅い青のエプロンを外して椅子の背にかけ、リビングの方へとやって来る。

 「久蔵はいかがした?」

今朝はまだ姿を見てないが、平日だろうに学校へは行かぬのかと、
新聞を乱雑に畳みつつ、お呑気なことを訊く御主へと、

 「高校生はもう春休みですよ。」

気がつきませなんだかと苦笑を浮かべた七郎次が間近までやって来たのへ、
ついと手を延べ、シャツに収まった腕を無造作に取る。
え?と、不意を突かれて、だが振り払うほどのことでもなしと、
そのまま…軽く引かれるままになっておれば。
家事に勤しむ働き者の手、
その割に荒れてもおらずの白い左手を、
伏し目がちの優しげな眼差しで見下ろしてから。

 ―― え?

冷たい感触がすべり込んで来たのへ、七郎次がハッとする。

 「勘兵衛様?」
 「何とも色気のない型のもので済まぬな。」

黄も青も帯びない、純粋な銀の無垢な冷たさがいや冴える、
刻みも紋様もないままな、するんとシンプルな銀のリング。
細からず太からずの指環が、
見下ろした左手の薬指の付け根に、
朝の陽を受け、つややかに光っているではないか。

 「他の折に渡すのは、あまりに仰々しいだろうと思うてな。
  先月、美味い菓子を焼いてもろうた礼だ。」

そおと手を離せば、ゆっくりと引き取られた手を、
それ自体をいただいたかのように懐ろへと抱え込んだ青年が。
呆然とした、それでいて判断に困ったような、
何とも頼りなげなお顔になったので、

 「勿論、お主を誰にもやらぬという、我儘な錠前の代わりでもあるのだが。」
 「あ…。/////////

よいな? 勝手はさせぬ。それを身勝手と思うなら、いくらでも罵るがよい。

 「もっとも、聞いてはやらんがな。」
 「勘兵衛様…。」

悪戯っぽくもくすすと笑った壮年殿の、
その年齢に見合わぬほど愉しげなお顔へと、
ついつい見とれてしまったおっ母様。
ああいつもこうだと、
どんなに理を尽くし、気勢を張って構えても、
この御方のこのお顔には敵わないと。
どうしてくれようかと切なくも思いつつ、
愛しいもの、掛け替えのない宝物を、
そこにあるだけで嬉しいと愛でるかのよに。
春の陽の中、
御主をただただ見つめてしまう、七郎次さんだったりしたのである。







   おまけ


今朝は新しい企画への顔合わせがあるのでと、
資料が山ほど要りようで、
車での出勤となっていた勘兵衛であり。
身支度を整えるお手伝いをし、
では車のエンジンをかけて来ますねと、
先に表へ出掛かった七郎次の行く手へ、

 「久蔵殿?」

お二階から気配のないまま降りて来ていた次男坊が、
玄関前の階段口に立っており。
金の髪と色白なお顔、
冴えた美貌が印象的だが、その色調はあくまで淡い、
そんな風貌にいや映える、
シンプルなデザインの白いシャツに、
おっ母様の見立て、ワインレッドのカーディガンと、
アイボリーの綿パンという。
学校には行かない日だからの普段着だろう、
清楚なのだか華麗なのだか、
そんないで立ちをしておいで。

 「…。」
 「?」

何とはなくの雰囲気から、何か言いたげな彼だと察し、
どうかしましたかと小首を傾げて促せば、
もじもじしていたそのまんま、背後に隠してた小さな箱を差し出して。

 「チョコの菓子の、お返し。//////」
 「おや。」

真っ赤になったお顔を伏せ気味に、
両手で捧げ持っての“どうぞ”という差し出しようがまた、
何とも言えず稚くって愛らしく。
蕩けそうな笑顔になって、
ありがとうございますと七郎次が受け取った箱の中身は、
後で確かめれば、
粉糖を卵白で溶いての手書きのアイシングも可愛らしい、
アーモンド風味の手作りクッキーが詰まってて。
なんと…お隣りの五郎兵衛さんと一緒に作ったらしく、

 『…お料理を担当なさっているのは知ってましたが。』

お菓子までお焼きになろうとはと、七郎次が驚いたのは後刻のことで。
小箱を懐ろに大事そうに抱えたまま、外へと出てったおっ母様を見送った久蔵が、
続いてやって来た勘兵衛をちらと見やって言ったのが、

 「…指環、サイズは合っていたか?」

  ………おややぁ?

何でまた知っておるのかと、
彼にも意外だったらしく、キョトンとした勘兵衛へ、

 「日頃つけてないものだ。判らないでどうするか。」

おおう。今の今、ちらと見ただけで全て察したって訳でしょか。
恐るべし、次男坊の母上への把握力…ってトコでしょうか。
別に詰(なじ)るつもりはなかったらしく、
むしろ七郎次が喜んでたなら“良かった”と、
そう言わんばかりの安堵のお顔だと…微かにも程がある微妙な違いが判るお父上。
彼のそんなやさしさへ、
我が子ながら誇らしいことよと、ご満悦なお顔になりかけたものの。

 「体で返すなどという、おやじぎゃぐとか言い出さぬかとハラハラしておった。」
 「………久蔵?」

脂ぎった中年管理職が、そんな言いようをして せくはらで訴えられたと、
昨日 五郎兵衛のところで観ていたワイドショーで言うておったから…と。
ところどころが平仮名なのは、彼にも意味が判っていないからだろうけれど、

 「………。」
 「勘兵衛様? どうかされましたか?」

今度は次男坊の発言に、朝っぱらから固まってしまっているお父上。
その天然さが相変わらずにびっくり箱レベルなご一家なようですね、
妙な方向で苦労が絶えない勘兵衛様なようです、いやホンマに。
(苦笑)





   〜Fine〜 08.3.14.


  *こないだの恩を仇で返してませんか、次男坊。(笑)


めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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